お母さんと一緒に悩んで考える助産師『助産師のおうち』代表 齋藤かおりさん

齋藤かおりさん、茅ヶ崎市在住。小学6年生&3年生の息子、小学校1年生の娘と看護師の夫の5人家族。
2022年より自宅にて『助産師のおうち』を開業し、1日1組限定で産後ケアを行う。
また子どもを亡くされたお母さんの集い『子連れ天使ママの会』を主催。
茅ヶ崎市にある齋藤助産院で当直の仕事もしている。 

『助産師のおうち』訪問記

齋藤かおりさんのいる、『助産師のおうち』を初めて訪問したのは、我が家の坊が生後1ヶ月半になる頃だった。
出産の疲れもまだ取れていない中、ドアを開けた時になんとも言えない“癒しの空気”が流れた。
ポカポカと穏やかな陽が降り注ぐ、広々としたリビング。
そこに「どうぞ横になって」と言わんばかりに敷いてあるフカフカのお布団。

なんだかボンヤリしてしまった私の横で、あれよあれよと坊は着替えさせてもらい、普段履いている紙おむつは布おむつに変えられている。
「赤ちゃん、布おむつの方が気持ち良いかなぁと思って…」そう言って穏やかに笑う齋藤さん。
“ああこの人なら安心できる…” 
退院後、まだまだフニャフニャしている坊を自宅に連れて帰り、夫と2人での子育て。
毎日気を張り続けていた私は、「良かったら」と渡されたパジャマにさっさと着替え、泥のように布団にダイブしたのだった。

お昼寝をしている間にランチを準備
温かいランチはこのボリューム!大満足だった

完全にオフモードになってしまった私を横目に、齋藤さんは坊が泣いたらあやしたり、おむつを変えたりしながら、いくつものおかずがセットになったランチを作り、張りっぱなしでカチコチのおっぱいをマッサージをしてくれた。

美味しいご飯に、坊をみてもらえているという安心感。
滞在したのは10時〜15時の5時間。久しぶりに穏やかな時間を過ごし、私は身も心もすっかりリフレッシュできたのだ。

この至れり尽くせり。
『産後ケア』といって茅ヶ崎市と契約しているいくつかの助産院や病院などに伺い、子どもと一緒に5時間ほど(デイケアの場合)休憩させてもらえるというもの。『助産師のおうち』もそんな産後ケアを提供している場所だ。
湘南母図鑑#1は、自身も3人の子育てをしながら助産師のおうちを運営している齋藤かおりさんが主人公だ。

齋藤さんが助産師になるまで


福島県出身の齋藤さん。地元の大学に在学中、将来について悩む中で
『人が本来持っている力を引き出すお手伝いができる仕事がしたい』と思い至り、通っていた大学を退学、看護師を目指すことに。

21歳で看護系の学部に入学し、助産師の仕事に興味を持った齋藤さんは、ご縁があってキャンパスの近くにあった茅ヶ崎市の齋藤助産院に見学に行かせてもらうことになり、そこで知り合った先輩助産師の言葉に心を動かされる。
“3日かかってお産をした人がね、何て言ったと思う?いやー、楽しかったって言うのよ”
「女の人にとっては、命をかけたの大仕事となる出産を“楽しかった”と思えるようにサポートできる仕事って、すごいなぁと思って…」
そうして、助産師の道に進むことを決意したのだと言う。
その後、周産期母子医療センターでの勤務を経て、なんと齋藤助産院のご子息と結婚、そして子どもが誕生。
茅ヶ崎市に移住し、子育てをしつつ、齋藤助産院で助産師として働くことになる。

齋藤助産院では、お産だけでなく産後のお母さんと赤ちゃんのケアにも携わる中、助産師として視野を広げるために始めた綾瀬市での新生児訪問が齋藤さんの人生を大きく変える。

閉ざされたドアの向こうで


それまで病院や助産院の中でのみ、赤ちゃんやお母さんと関わってきた齋藤さん。
しかし、産後の入院期間は5日程度で、その後関わる機会は殆ど無くなってしまう。
新生児訪問では、病院や助産院を出た後のお母さんと赤ちゃんがどんな風に家で過ごしているのかを初めて目の当たりにする。

「本当に疲れ切っているお母さんは、外に出る気力も無く、鍵のかかった家の中で赤ちゃんと2人きりで頑張っていて…。
助産院に母乳外来や育児の相談に来れるお母さんは、まだ外に出る元気がある人だったんだって気づいたんです」

そんな現実を知った齋藤さんは、
『とりあえず、着のみ着のまま家のドアを出るところまで頑張ってもらえたら、送迎付きで自宅に招き、少しでも休んでもらえるようなことができたら…』と思い始める。

更に、訪問をしていると何人かのお母さんが、母子手帳の第◯子と書くところを空欄にしていることに気が付く。理由を尋ねてみると、2人目を死産されていて、“生きている子としては2人目でも、我が子としては3人目。でも、母子手帳に第3子って書いていいのか、2子って書くのかに迷って空欄にしている”のだと言う。

「子どもを亡くした経験のあるお母さんは、その後の妊娠中にも常にハラハラして辛かったり、産後も育児が大変なのに、辛いと思ってしまったらいけないんじゃないかって、自分を責めてしまうって仰るんです。
そういった話をお伺いした時に、あ、知らなかった私と思って…本当、恥ずかしい話なんですけど、助産師をやっていて、そこまで想像できていなかったなと思って」

齋藤さんは、育児に疲れ切ったお母さんや、悲しい思いとともに生きるお母さんが、ゆっくり過ごせる場所をつくりたいと、1日1組限定の『助産師のおうち』を始めることを決意した。

産後ケアを必要とする人に届けるために

しかし、問題は費用面だった。
数年前まではまだ産後ケアは、助産院などで行われてはいたが、費用は全額利用者負担だった。それでは高額になってしまうことが問題で、必要とする人が必ずしも利用できる状況ではなかった。
日本助産師会で定めていた産後ケアの基本料金は1泊2日で6万円以上、デイケアの場合では6時間1万8千円以上で、利用者の金銭的な負担が大きくなってしまう。

コロナ禍もあり、産後の孤立する赤ちゃんと母親たちを目の当たりにしていた齋藤さんは、“産後ケアが必要なお母さんが気軽に利用できるように、利用者の負担を減らすため、市の事業としても予算をつけて欲しい”と藤沢市や茅ヶ崎市に掛け合い続けた。

だが、当時はまだ産後ケアの必要性が全国的にも認識され始めたばかりで、市の事業として認めてもらうことは、容易ではなかった。
齋藤さんは諦めずに産後ケアに着目していた藤沢市の市議会議員に手紙を出し、その必要性を訴えた。

そして、国が産後ケアを推進する方針を出していたことも後押しとなり、2021年から藤沢市と茅ヶ崎市で産後ケアが市の事業として始まることになったのだ。
費用は現在、藤沢市の場合、6時間のデイケアで利用者の負担は4800円、茅ヶ崎市の場合は5時間で1500円。両市とも、子どもが1歳になるまで7回まで利用できる。(2024年1月現在)※1
こうして、齋藤さんも自宅を開放して「助産師のおうち」をスタートさせた。

一番最初のお客さんは齋藤助産院で出産した義理の妹と姪っ子
産前から産後まで家族みんなでサポートした

※産後ケア事業についての詳細はこちら
藤沢市
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/kenko-z/sangocare.html
茅ヶ崎市
https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kenko/1023348/akachankenko/1042027.html

1番大切にしたいことは“お母さんと一緒に悩んで考える”こと


産後ケアで来るお母さんには、要望を聞き、好きなことをしてもらうようにしていると言う。“とにかくゆっくりお昼寝がしたい”と言われれば、赤ちゃんを預かってお散歩に出かけ、お母さんはポカポカのリビングでゆったりお昼寝。
おっぱいの飲み方を練習したい、沐浴の仕方や赤ちゃんとの遊び方を教えて欲しい・・・など。

その中で、1番大切にしていることは、『お母さんと一緒に悩んで考える』ということ。

産後のお母さんの悩みは十人十色。すぐに解決策が見つかることもあれば、お母さんと一緒に悩んで考えながら、色々な方法を提案してみることも。
実際私自身、授乳が上手くいかなかった時は、授乳の姿勢や方法、左右におっぱいを移行する時のやり方を変えてみたり。
おっぱいが詰まりやすいことで悩んでいると、食事の内容や、詰まった時に飲む漢方を紹介してもらったこともあった。

いつも、“お母さんたちから色々な考え方を教えてもらうわたし”というスタンスでいるのだそう


そして、特にお母さんが困っていなければ、仮に自分とは考え方が違っても否定しないことを大切にしていると言う。
言われてみれば、確かに齋藤さんは「へぇーなるほどねー!」とよく仰っている。

なかなか泣き止まない時は、抱っこの仕方を提案
“おひなまき”で、まあるい抱っこ
1ヶ月半くらいの赤ちゃんと、どんな遊び方ができるかな
絵本もお膝に乗せて読んであげて良いかもなど色々と提案

子連れ天使ママの会を主催

齋藤さんは、助産師のおうちで2ヶ月に1度『子連れ天使ママの会』という会を主催している。お子さんを亡くした経験がある中で、育児を頑張っているお母さんたちが、安心して子どもを遊ばせながら、お空にいる我が子の話ができる場だ。

これまで、豚汁ランチ会や、芋煮会、カレーの会、そうめんランチ会などを企画。毎回3組ほどが参加している。

会を主催する中で、齋藤さんが感じていることがある。
それは、参加者のお母さん達は、“一見立ち直っているように周りからは見られていたとしても、常に亡くなった赤ちゃんの存在が生活の中にある”ということ。
普段は何もなかったかのように明るく振る舞っていても、何気ない様々な場面で傷つくことがあり、そうした思いを話せる場所や機会がないまま、殆どのお母さんが気持ちに蓋をしてしまう。

齋藤さんは、ランチ会でそうした思いを共有してもらうことで、気持ちの整理ができる時間になればとという思いで続けている。

働く母の姿に家族は


3人の子育てをしながら、「助産師のおうち」をやりつつ、齋藤助産院で当直の仕事もしている齋藤さん。夫婦の家事分担を聞いてみたところ。

「2人目まではなんとか私が家事も頑張ってやっていたんですけど。3人目が産まれるってなってから、夫も私のキャパオーバーに気づいたみたいで。今はゴミ出しと洗濯は夫が担当です。干すのも畳むのも。あ、雨が降ってきたら中に入れるくらいはやりますよ?笑」とのこと。
子どもたちも、お母さんの仕事を理解していて、玄関に『おきゃくさん、おやすみちゅう』の看板がある時は、静かにドアを開けてそっと2階の子ども部屋に上がっていく。

子ども達はみんな、赤ちゃんが大好き
幼稚園の年長さんになる長女の将来の夢は『助産師さん』

自宅で仕事をしているからこそ、子どもたちが帰ってきた時に「お帰り」が言えることに、幸せを感じる日々。
働く母の姿は、子どもたちにも何かを伝えている。

1人の母の妊娠から出産、産後のケアに伴走できる助産師になりたい


齋藤さんは、病院でのお産がスタンダードとなる今、助産院や自宅で産みたいと願うお母さんたちのサポートをしていきたいと考えている。
「助産院って、医療介入もできない環境ですし、お母さんが “私が産んだぞ” って思える人が多い。自分の力で産んだと思うことができれば、あれを乗り越えられたんだからって、その後の子育ての自信にもなると思うんです」
そんな齋藤さんの夢は、1人のお母さんの妊娠中から出産、育児に至るまでにずっと寄り添って伴走すること。
「1年に1人とかでもいいし。私、やっぱりお産が好きなんですよ」
そう言って、ニコニコと笑う齋藤さん。
病院やクリニックなどでは同じ助産師さんに妊娠から産後まで担当してもらえることはまずないだろう。
しかし、出産そして子育ては毎日未知の出来事の連続、答えはオーダーメイド。
だからこそ、齋藤さんのように、一緒に悩み、考え、提案してくれる人がずっと側にいてくれたなら…。

お母さんも、赤ちゃんも、幸せに違いないと思う。

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