小堺友美さん、藤沢市在住。高校2年生の息子、中学2年生の娘と会社員の夫の4人家族。 2013年にベビーマッサージ講師の資格を取得し、現在は自宅とオンラインにて教室を主宰している。これまでにタイや日本で延べ2200組以上の親子に教えてきた。また、講師を育てるトレーナーとしてJABC日本ベビー&チャイルドケア協会の資格取得講座を開講し、193名が卒業している。受講生からは、“ゆみ先生”という愛称で親しまれている。
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湘南のママ業界で噂の
ベビーマッサージクラス
それは、まだ坊がお腹の中にいる頃のことだ。
Instagramで、“ゆみ先生”という先生が教えている素敵なベビーマッサージのクラスがあるという友人の投稿が目にとまった。
“ベビー”に、“マッサージ”か・・・。
ベビーマッサージのことを知ったのは、その時が初めてで、正直妊娠中であちこちが凝っていたこともあり、“ベビーよりもわたしがマッサージしてほしい・・・“と、なんとなく印象に残ったのを記憶している。
それから坊を出産し、その後もインスタ上で度々ベビーマッサージクラスを目にするようになった。
子育ても少し落ち着いた頃に、そういえば・・・、と思い出したのがゆみ先生のクラスだった。
ホームページをのぞいてみると、なんとも幸せそうな母子写真の数々。
わたしは坊のモチモチお肌の虜になっていたので、もっといっぱい触りたい、しかしどうせ触るなら坊にとっても心地よい触り方を知りたいかも・・・と思い、生後2ヶ月の頃にお問い合わせメールを送ったのだ。
するとなんと、5ヶ月先まで予約が埋まっているとのこと・・・!
とりあえず、キャンセル待ちをお願いして、その後空きが出たため、4ヶ月後の12月クラスに参加させていただけることになった。クラスは毎週10時半〜、3回コースだ。
教室は自宅のリビングでおこなわれるということで、満を持してご自宅を訪問。
リビングのドアをあけた瞬間、緑の多さにまず驚いた。
「観葉植物が大好きで、気がついたらどんどん増えちゃって。子どもから、まだ買うの?もう置くところないよって言われているのよ」と微笑む、ゆみ先生。
おしゃれなインテリアに囲まれたリビングに、ポカポカの陽射しが射し込み、生き生きとした緑たちに癒やされる。
ゆみ先生の声はとても柔らかく、赤ちゃんもお母さんも不思議な癒やしのベールに包まれるような時間が流れた。
最初は、赤ちゃんとお母さんのふれ合い遊びから始まり、フワフワしたシフォンの布に興味津々の坊。ほかの赤ちゃんたちと足と足でタッチしたりなど、これまであまり経験のなかった赤ちゃん同士とのふれ合いもできて、すっかりご機嫌に。
マッサージは、始める前に「マッサージしても良いかな?」と赤ちゃんに語りかけるのが印象的だった。
「赤ちゃんも、ちゃんと意思のあるひとりの人間だから、これから何をするかを伝え、体に触れてもいいかな?と許可を得てから始めることを大切にしているんです。赤ちゃんがご機嫌そうだったら始めましょうね」とゆみ先生。
教わるがままに、オイルを手に取りゆっくり坊にマッサージをしていると、ムチムチの体をいつまでも触っていたいような、「こんなにかわいい体に触らしてくれてありがとう」という気持ちが自然に溢れた。坊を愛おしいと思う気持ちが増していき、2人だけの特別な時間を過ごしているような、なんとも幸せな時間が流れたのである。
マッサージが終わる頃には、坊もすっかり眠たくなったようで爆睡モードに。
ゆみ先生がお茶とお茶菓子を出してくれて、ママトークに花が咲く。
離乳食の始め方や、しっかりみてくれる小児科の情報など、口コミに勝る情報はない。
なるほど、人気になる訳である。
それにしても、ゆみ先生は不思議な魅力に溢れた人だ。全身から陽が注いでいるような、ポジティブなオーラに溢れている。きっとゆみ先生自身の魅力も、教室が人気の理由に違いない。
そんなゆみ先生は一体どんな人生を歩んでこられたのか、このオーラはどのようにして身にまとわれたのか・・・。色々と、聞いてみたくなった。
仕事と子育ての両立に悩んでベビーマッサージ講師に
ベビーマッサージ講師になる前のゆみ先生は、サントリーホールディングスで働く、キャリアウーマンだった。社会人になってから夫婦でサーフィンを始め、海辺の街、湘南の雰囲気が気に入って引っ越してきたが、子育てをしながら都内への通勤をする日々は、毎日家族全員で全力疾走をするようだったという。
朝7時には2人の子どもを保育園に預けて、都内へ仕事に向かい、夜6時に迎えに行くという生活。
子どもと過ごす時間が少なすぎるのでは、と疑問に感じることも。
一生懸命やっても仕事が上手くいかないこともあり、自分の人生はずっとこの働き方で良いのか考え始めたという。
「精一杯やっていたけど、会社の面談では成果が出ていないこととかを指摘されたこともあって。
そんな日は、そこのソファで泣いたりしててね。わたしって本当、ダメな人間なんだって、本当に思っていたのよ。その頃は毎日夜寝る前にね、“明日は仕事が上手くいきますように”なんて、特に信仰心があったわけでもないのに、お祈りして寝たりして。それで次の日会社についたらエレベーターを押す指が震えていたりしてね。もう本当、ポジティブゼロだったのよ」
今のゆみ先生からは想像もできない話だ。
更に、長男が小学校に行くと、学校に行く時間が出勤時間の後になるため、ひとりで鍵を閉めて学校に行かなければならないことや、長期休み期間の過ごし方などを考えると、やはり働き方を変えようと意を決するタイミングになったのだという。
「自分は何が好きなんだろうって考えた時に、わたし、大学時代に教育学を学んでいたように、子どものことを考えることが好きだったなと思って。改めて赤ちゃんとか子どもに関わる仕事がしたいと思って調べてみたら、ベビーマッサージに辿り着いたんです」
そして、長男が保育園の年長の頃に、ベビーマッサージの資格をとり、実際に子どもたちにもやってみた。その時、ベビーマッサージの効果を実感したのだという。
「保育園の先生に、この1ヶ月くらい、お兄ちゃんの気持ちがすごく安定しているんですが、何か始めましたか?って言われて。そういえば、ベビーマッサージを始めましたって言って。ご機嫌でいる時間が増えていたそうなんです」
効果はそれだけでなく、ゆみ先生自身にも現れた。
「わたし自身の気持ちが、やっぱりすごく変わって。子どもとも一緒にいられる時間が少なくて、こういう親子関係で良いのかなって思っていたんだけど、それが大丈夫って思えたのよね。
寝る前のわずかな時間なんだけど、マッサージでニコニコしてくれてね。お母さん気持ちいい〜とか言って、一緒に濃い時間を過ごすことで、ちゃんと繋がれているなって実感できて嬉しかったんです」
職場を退職し、本格的にベビーマッサージ講師として活動していこうと意を決した矢先に、思わぬことが起きる。
会社員として働く夫がタイへ転勤となったのだ。
タイ生活で450組の親子にベビーマッサージを伝授!
2014年、家族全員で、タイへと引っ越した後も、ゆみ先生がベビーマッサージ講師としての活動を諦めることはなかった。タイの日本人会へ行き、ボランティアで良いので、ベビーマッサージのクラスをさせてほしいとお願いし、会議室を借りて、毎週月曜日にベビーマッサージのクラスをスタートさせた。
そこから4年半、毎週クラスを開講し、教えた親子は延べ450組。
日本人がお産をするタイの病院でベビーマッサージを教えに行ったり、外国人の親子が集まる子育て広場でのクラスを依頼されたこともあったという。それは、海外の親子と日本人の親子の違いも感じる機会になった。
「外国人の親子向けには、一生懸命英語で説明を考えてメモを作っていたりしたんだけど、説明は短くていいですってスタッフの方に言われて(笑)理屈よりもその時楽しめればっていう感じで、オイルの量とか、手技は違ったりするんだけど、なんか赤ちゃんとお母さんはとても楽しそうだったりして。わたしも、危ないことでなくて、楽しそうなんだったらそれでいいわって思って」
タイでの生活は、良い意味で「こうあるべき」という感覚が薄れていったというゆみ先生。
ちなみに、ベビーマッサージは海外では特にインドやアフリカで、伝統的な育児習慣なのだという。触れることが親子の絆を深めることや病気の予防や子どもの成長を促すという理由だ。日本でも小児按摩(しょうにあんま)といって江戸時代からベビーマッサージのようなものがおこなわれていた記録があるそうだ。
帰国後、イチからの再スタート
2018年6月にタイから帰国し、日本ではイチからのスタート。
子どもは2人とも小学生になっていたため、周囲に赤ちゃんを育てているママ友もいない中で、手探りではじめたという。
当時は既に、湘南エリアで人気のベビーマッサージの教室があり、新たに入る余地は無さそうだった。
そこで、まずは藤沢市役所の子育て支援課に行き、ボランティアでも良いので教えられる場所はないかと尋ねたところ、たまたま通りかかった、明治市民センターのフリースペース「にこにこ」の担当者が興味を持ってくれ、にこにこの子育て広場での教室を始めることに。
また、近所の辻堂児童館にも自ら出向いて交渉し、クラスを開催することになった。
また、自宅でも2019年1月から教室をスタート。ホームページやチラシも自作で作り、口コミで広がっていったという。
それまでボランティアでのクラスが中心だったが、ようやく自宅で教室を開講することができたゆみ先生。資格取得から、6年の月日が流れていた。
「でもね、ベビーマッサージが大好きで、伝えたいっていう気持ちがすごく大きかったから、一度も挫けなかったんです」
ゆみ先生が教室を始めてから1年目の終わり頃に出会った、忘れられない親子がいるという。
それは、7ヶ月から8ヶ月くらいの赤ちゃんとお母さん。お母さんは、赤ちゃんが少しゆっくり発達していたこと、どこに行っても泣き続けてしまうことを気にしていたという。
「申し込みの時も、環境が変わると泣いちゃうから大丈夫かなって心配されていたんだけど。
なぜか、うちに来たら落ち着いてくれて、マッサージも喜んでくれて。
最終回で “この教室に来て、ありのままの我が子が愛おしいと思えるようになりました” って言ってくれたことが今でも嬉しくてね」
誰よりも強く、ベビーマッサージの力を信じてきたゆみ先生にとって、それは信じてきた道が間違いではなかったと思わせてくれる親子との出会いだった。
ゆみ先生が考えるベビーマッサージの3つの魅力
ベビーマッサージは、からだや脳にもよい影響があることが様々な研究調査から分かってきているが、触れることの大切さを信じてきたゆみ先生が考える、ベビーマッサージの魅力とは。大きく3つあるという。
■ “今”を共有し、一緒に楽しむことができる
「マッサージをしている時って、気持ちが今にしかなくて。赤ちゃんの今だけを見て、モチモチの肌が気持ちが良いなとか、本当にかわいいなとか。何でも良いんだけど、今の我が子を集中して見ることができる。子育てに追われていると、時間って意外とないんだよね。今日の晩ご飯何にしよう〜とか余計なことを考えずに、ただ赤ちゃんと向き合っている時間を味わうことができるのが、魅力だなと思います」
ゆみ先生がそう感じることができるのは、赤ちゃんこそ、まさに“今”を生きているからだという。
自分の欲求のままに、嬉しい時は笑って、悲しい時は泣いて、不安な時も泣く。
「今を大切にすることって素敵だよっていうのは、ベビーマッサージを通じて赤ちゃんが教えてくれたように思うんですよね」
■ 赤ちゃん自身の自己肯定感が高まる
大切に触れられることで、赤ちゃん自身が「大切にされている」と感じることができるからだ。
それは、赤ちゃんの間だけではなく、幼児期以降になってからもより重要だという。
「子どもが成長したら、どうしても親が子どもをコントロールしてしまうことってありがちだと思うんですけど、マッサージはちゃんと子どもの気持ちを尊重できるんです。
子どもに今マッサージしたいかどうかや、どこをどんな風にマッサージしてほしいのかなどの希望を聞いて、丁寧に応えてあげる時間をもつことは、幼児期以降にこそ、より大切だと思っています。そして、何ができたからすごいねなどではなく、条件ぬきに、そのままのあなたを大切に思っているよ、という愛情を伝えられるのが本当にいいなと思うんです」
■ 親子のどちらにも幸せホルモンがでる
ベビーマッサージを通じて、親子のどちらにもオキシトシンがでることによって、お互いにリラックスし幸福感が高まったり、ストレスや不安の軽減になることなどは、研究結果にも示されているのだという。
じぶんの仕事を続けるために大切にしていること
ベビーマッサージはまさに自分自身の天職というゆみ先生に、“好き”を仕事にするための秘訣を伺ってみた。
ひとつめは、“自分がなぜそれをやりたいと思ったのか”を強く思い続けること。
「わたしきっと、“なぜ”という“する理由”が強い人なんだと思っていて。触れることが絶対に大事っていうことを心底思っていて、それを広めたいっていうのが強くあるから、そこはブレないの。その気持ちが弱いとちょっと大変なことが遭った時に挫けてしまうのかなって」
そしてもうひとつは、具体的な目標を先に決めるということだという。
最初の頃は、“こうなったらいいな”という感じで活動していたが、ここ数年は、より具体的に“いつまでにどうなる”ということを先に決めるようにしているという。目指すところが定まれば、そこに向かう道筋や目の前のすべきことが明確になる。
「決めれば自ずと、その前の行動がみえてくるから、それをやっていけば必ず叶うみたいなね。
例えば、旅行とかが分かりやすくて。ハワイに7月にいくって決めたら、ホテルを取ったり、準備したりするじゃないですか。7月頃行きたいな〜だと叶わない」
ゆみ先生の今の夢は、ベビーに留まらず、ふれ合うことの大切さや素晴らしさを伝え続けることだ。
保育園などに通う幼児期の子どもたちに伝えたり、働くママやパパ向けにも知ってもらうための活動を続けていきたいという。
サボテンがよく育つリビングで
会社員時代に、「自分は本当にダメな人間だ」と落ち込んでいたというゆみ先生。
今、自分が信じてきた触れることの大切さに共感する人が増え、「自分という人間のままで、自分らしく生きていいと思えることが、とても幸せ」と話してくれたことが印象的だった。
ベビーマッサージをやらなくても赤ちゃんは育つ。
だからこそ、ベビーマッサージには意味があるのだと思う。
ベビーにマッサージ?と当初は疑問に思ったわたしだったが、坊と同じ時間を共有しながら、一緒に幸せを感じることができる時間は、とても価値があることだと気がついたからだ。
観葉植物が大好きだというゆみ先生のリビングには、大きなサボテンの木がむくむくと育っている。
そういえば、うちにあるサボテンも、坊がお腹にいることが分かってから、どんどん成長したことを思い出す。きっと赤ちゃんたちから、たくさんの生命力をもらってサボテンも成長しているのだ。
そして、その植物たちの生命力とゆみ先生が持つポジティブな気持ちが、きっとこれからも多くの赤ちゃんとお母さんたちの子育ての日々を明るく照らしていくのだと思う。