我が子を心地よく抱っこするために抱っことおんぶの専門家 柳川友紀さん

柳川友紀さん、湘南エリアで、抱っことおんぶの相談会を開催。川崎在住、小学生の息子・娘と夫の4人家族。2015年から抱っことおんぶの専門家として、のべ5000組以上の親子に育児支援をしてきた。医療機関からの依頼で抱っこ講座も担当し、小児科では抱っこ支援の非常勤勤務にも入っている。また、オンラインでの育児支援者向けセミナーも開催している。 

抱っこ紐難民に救世主現る

あれは、ちょうど坊が2ヶ月になる頃だった。
私たち夫婦はとても悩ましい事態に直面していた。
坊が想像をはるかに超える猛スピードで、日々重くなっていたのである。
出生体重は3522gと大きめではあったものの、2ヶ月にして7キロ近くにまで成長してしいた。笑

しかしこの頃の赤ちゃんといったら、寝て起きては泣き、抱っこしてはまたおっぱい飲んで寝て・・・の繰り返しである。
抱っこは素手抱っこもしくは、スモルビという布製の肩からかけるタイプの柔らかい抱っこ紐を使っていたのだが、坊が重くなるにつれて抱っこ紐もどんどん下に伸びていってまい…肩にも直接重さがかかるので、結構限界を感じていた。

そろそろ、重くなってきた坊に対応できる抱っこ紐が欲しい…と思って、アカチャンホンポに行き、様々な抱っこ紐を試してみたのだが、なぜか、うちの坊はどの抱っこ紐に入っても大泣き。どれもお気に召さなかった。

果たしてどうしたものか…と悩んでいた時に、夕飯の買い出しに行った浜見平にあるスーパーたまやの2階(BRANCHI茅ヶ崎2)で開催されていたイベントで偶然出会ったのが柳川さんである。
柳川さんによれば、そもそも抱っこ紐を使う時には大切な3つのポイントがあるのだという。

例えば、こちらのお母さんも、抱っこ紐がうまく使えていない感じがして辛いと相談にこられたそう。
左が柳川さんが調整する前、右が調整後。違いがお分かりいただけるだろうか?


柳川さんが教えてくれた、快適な抱っこの3つのポイントは、以下だ。

①赤ちゃんが足をしっかり開いてしがみつく姿勢になっている
②赤ちゃんの脊中〜お尻が丸みを帯びている
③抱く人が、赤ちゃんの頭にキスができる高さである
 ※抱っことおんぶサポートBook(発行 Da’consuLやながわゆうき)より


写真の親子も抱っこ紐を調整後は、赤ちゃんの位置が上がり、頭にキスできる高さになりしっかり密着できたことで、随分軽くなったという。

私はカンガルーのようにとりあえず坊をキャリーできれば良いと思っていたので、この話には目から鱗。オススメしてもらったボバエックスを購入し、教えてもらった通りに抱っこをしていると、なんとスヤスヤ気持ちよさそうに寝ているではないか。

坊が誕生して以降、抱っこはもはや生活の一部となり、とりあえず抱っこしないと何事も始まらない日々。
育児における超重要項目のひとつである、抱っこ。
親子に合う抱っこ紐を選び、きちんと使いこなすだけで、こんなに日常を快適に過ごせるものなのかと衝撃を受けた。
とはいえ、抱っことおんぶに専門家がいらっしゃるなんて、私は子どもを出産するまで知らなかった。
柳川さんはなぜ、抱っことおんぶの専門家になられたのか。
抱っこ紐の選び方のポイントや、抱っこの極意も伺ってみた。

取材はオンラインで、じっくり2時間半お伺いした

育児に悩むお母さんが、心地良い抱っこに出会うまで

柳川さんは、まるでテーマパークのキャストのように快活で分かりやすく抱っこの極意を伝授してくれる…と思っていたら、本当に舞浜にある某テーマパークで働いていたのだという。

大学卒業後は、憧れていた化粧品販売の仕事に就き、その後もうひとつの夢だったというテーマパークのキャストに。急流滑りのアトラクションで働いていたという。
しかし、東日本大震災で交通機関が麻痺し、職場が陸の孤島となってしまった経験から、何かあった時に家族のもとに帰れなくては困ると思い、妊娠を機に退職。
そして初めての育児には、戸惑いがあったという。
「それまで毎日テーマパークでこんにちは〜!とかいってた人が、急に話す相手がいなくなってしまって。毎日家で子どもと2人っきりは、ちょっとおかしくなってきちゃって」

夫からの勧めもあり、再び働くことを決意。子連れで出勤できるところはないか、探し始めた。
そうして出会ったのが、渋谷にあった授乳服を取り扱うお店。なんと、子連れ出勤OK。
しかし条件が、スリングという布製の抱っこ紐で子どもを抱きながら接客をすることだったのだという。
「その時初めてスリングに出会って。抱っこしてみたら、ものすごくかわいいと思えて。人前でもかわいい!って言っちゃうくらい、素直にそう思えたことが衝撃で。調べてみたら、スリングを含め、抱っこやおんぶについて指導する資格も見つけました」

スリングで働く柳川さん、
「まだスリングが下手だった頃です(笑)」とのこと


それまで柳川さん自身、抱っこの仕方には常に不安があったという。
「抱っこ紐の使い方をきちんと教えてくれる人って、誰もいなかったんです。私自身、これでいいのかなってずっと思いながら抱っこ紐を使っていて。ちゃんと教えてくれる人がいたっていいじゃないかと思って」

実際、お店に来るお母さんたちも、抱っこが気持ちよくできずに悩んでいる人が多かったことから、柳川さんは抱っこを専門的に学ぶことを決意。
2015年3月にNPO法人抱っことおんぶの研究所にて、当時は全6回(現在は全8回)の講座を受講し、ベビーウェアリングコンシェルジュの資格を取得した。(2023年に退会・現在はフリー)

“普通のお母さん”が、抱っことおんぶの専門家に

資格講座の受講生は、助産師や保育士など国家資格を持っている人がほとんど。
柳川さんのように、専門職ではない、普通の“お母さん”が受講しているのは珍しかった。

「専門職の方がご自身のフィールドで生かすために取得していることが多かったので…。
私には何のフィールドもなかったので、最初はそのことをコンプレックスに思っていた時期もあったんです…」

最初は手探りからのスタート。
働いていた授乳服を扱うお店で、月に1度抱っこ講座を開催した。
その頃、第2子を妊娠中だったが、講座の開催は臨月まで続けたという。
そして、第2子となる娘を出産後は、娘と共に、定期開催の場所を増やしていった。
不動産会社のキッズスペースや、親子カフェ、老人ホームの待合スペースなど、求められる場所があれば出向いていったという。


「長男を週3で保育園に預けていたので。週3回は講座を開催せねばならないと自分に課してました。なんか、真面目だったんです(笑)」
国家資格を持つ専門職ではないからこそ、自分自身でフィールドを開拓せねばと人一倍頑張ってきたという。

自信がなかった日々は、出会った親子が変えてくれた

こうして、おんぶと抱っこの専門家として活動を始めてから3年の月日が経った、2018年。
柳川さんは、『アカデミックベビーウェアリングカンファレンス2018』という学術集会に登壇し、抱っことおんぶ講座の受講生の、受講前後の意識変化について発表する機会を得た。

発表のために、受講者50人にアンケートをとり、みえてきたことがあったという。
「受講する目的のほとんどは、身体的負担が理由なんです。
例えば、“抱っこすると肩や腰が辛いから快適な使い方が知りたい”とか。もちろんそれも受講することで解決した人は多いんですが、そこに加えて、意識や気持ちの変化があったという回答もたくさんあって。
“子どもがかわいく思えた” “さらに愛おしく思えた” “抱っこを楽しめるようになった” “子どもと積極的に関わろうと思った”とか」

講座を受講した親たちが、抱っこの仕方を教わることで、思いがけず子育てをポジティブに捉えられることがわかってきたのだ。
こうしたひとりひとりのお母さんたちからの声は、サポートする柳川さんの自信へと繋がっていった。

そして、2024年現在、5000組以上の親子をサポートしてきた柳川さん。
その経験から、正しく抱っこをすることは、赤ちゃんの発達においてもとても大切なことだと考えている。
なぜかというと・・・。
赤ちゃんは、お腹の中にいる時は羊水に守られた無重力の環境の中で、指をしゃぶったり体を動かしたりしている。
しかし、産まれてきたこの世界には重力があり、地上では重たい頭や体を動かすことをまた再学習しながら成長していく。
成長の過程で、ぴったりと密着してしがみつく抱っこの姿勢がとれると、そこから自分と他の人との境界線がわかり、自分の体の地図がわかるひとつの要因となる。
それが、自分の体がどう動くのか、赤ちゃん自身がわかる一歩になると考えているからだ。

「私は、できれば赤ちゃんが低月齢のうちに快適な抱っこのことを知って欲しいと思っています。あくまで経験則からですが、低月齢のうちにしっかりしがみつく経験をしている子は、その後も抱っこされ上手で、発達にも良い影響があると考えているからです」
抱っこは、赤ちゃんがしがみつくことを学ぶことができるとても大切な機会なのだ。


抱っこ紐の使い方無料相談会を覗き見!

柳川さんは茅ヶ崎市浜見平にあるブランチ2で開催されている子育て支援のイベント「ママほぐ」で、2ヶ月に1度、抱っこ紐の無料相談会を開催している。

その場で抱っこ紐の販売もしているが、手持ちの抱っこ紐を持参すれば子どもの成長に合わせた抱っこ紐の調整や使い方のレクチャーを無料で受けることができる。


取材をさせていただいた日は子どもの成長とともに、重く感じてしまっているというお母さんが相談に来ていた。

抱っこ紐が全体的に緩みが出てきてしまっていたため、調整してみると…
お母さんは、「子どもの重さは同じはずなのに、重さの感じ方が全然違う!」と感動。

その後、おんぶの仕方に不安があるというお母さんと一緒に何度もおんぶ紐の使い方を練習。
「“一日いちおんぶ”(1日に1回おんぶ) したら、絶対慣れるから大丈夫!不安だったら毎日写真撮って送ってきてもらってもいいですよ」と柳川さん。

お母さんが自信を持っておんぶしていると、赤ちゃんも心地良さそうだった。

大切にしているのは、“その”親子にとって心地良いか

抱っこ講座を通して育児支援をするなかで柳川さん自身が気をつけていることがあるという。
それは、家庭の状況や生活スタイル、親子の体型やニーズに合わせて、アドバイスをするということだ。
また使用目的が何か…、子どもを運ぶために使いたいのか、心地良く抱っこするために使いたいのかによってもお勧めする抱っこ紐の種類は変わってくる。

「この抱っこ紐がすごく良いから、これ使って!っていうのは私の傲慢だなと思っていて。親子にはそれぞれ生活があるので…例えば、お子様は1人目なのか2人目なのか、移動手段は車なのか電車なのか、夫婦で共用したいのか否かとかによっても変わってくるんです」

そんな柳川さんの夢は、地域格差なく、誰でも安全で快適な抱っこの支援を受けられる世界になって欲しいということ。
最近は、育児支援者向けにオンラインでの講習会も始めたという。助産師・保育士など育児に関わる専門職の方が抱っこについて学ぶことで、そこから繋がる親子に広がっていくことを願っている。

「赤ちゃんを抱っこした時に、”あぁかわいいなぁ”と思う、その感動は多分一生忘れないと思うんです。
なんならそれが、これからの子育ての重要な基盤になるといっても過言じゃない。
そういう気持ちで抱っこを楽しめる親御さんや、お母さんが増えてくれたらいいなぁと思うし、
抱っこを楽しくするために抱っこ紐を選んだり、使い方を気にして欲しいと思ってます」

我が子を心地良く抱くことは価値があると信じ続ける

抱っことおんぶの快適な方法を知ることの重要性は、今もまだあまり知られていないように思う。
10年前まで、子育てに悩む1人のお母さんだった柳川さんは、心地良く我が子を抱くことの価値に気づき、その価値を広めたいと願って、今日まで活動を続けてきた。
自らが、国家資格を持つ専門職ではないことをコンプレックスに感じていた時期もあったが、その価値を広めることに意味があると信じて突き進んできた結果、多くの親子がその価値に気がつき、心地良い抱っこを通じて子育てを楽しめる親子が増えていった。

そして、今では専門職の方々に対しても、おんぶと抱っこの講座を開いている。
自分が価値があると思ったことを信じて、ブレない思いを持って突き進んでいくと、その先に、多くの人がまだ気づいていなかった価値に出会うことができるということを柳川さんは教えてくれた。

抱っことおんぶの専門家『Da’consuL』柳川友紀さんのInstagram HP